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食卓に珈琲とチョコレートとラーメンを。

悪魔くん二次創作と管理人のきまま語りが主な内容。 苦手な方はプラウザバック推奨。 四代目シリーズ、絶賛応援中!

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長くなったので分割。これで終わりです。

本編とは関係ないのですが、某方がこっそり描いてくれた悪魔とか鈴木とか鵜山が可愛すぎて本当ゴチになっておりますっ!
絵はまだまだなので、見ていて楽しいやら可愛いやら。きゅん。
ありがたいね。

鈴木と鵜山の出会った頃の話。



 幸いというべきか不幸と言うべきか、怪我人は一人だけだった。
 それはトイレから出て来た女子群ではなく、鵜山自身だ。
 飛び散ったガラスの破片で切ったらしい。
 どのみち、何事もなかったように学校に来られる状況ではなかっただろう。
 僕の知らないところで親の呼び出しやら特別室で質問攻めやら色々とあったらしいが、僕はこの件に関して何も聞かなかったことにした。

 ただ、今日も鵜山は学校に居ないんだなと確認するだけだ。
 鵜山は誰も怪我をさせるつもりなんてなかっただろうが、僕を廊下に留めておいたのはなぜなのだろう。

 彼女からは恨みとか憎しみが伝わって来なかった。押し殺していただけなのかもしれない。

 口に止め具のない担任いわく、鵜山の家庭事情は複雑だそうだ。複雑じゃない家庭なんてそんなに多くはないと思うのだけど、担任の時代は違ったかもしれない。

 しばらくして、鵜山が学校に来るようになった。
 彼女自身に変化はないというか、変化なんてわからないが、クラスの空気は違っていた。
 『腫れものに触るような』というのは、この雰囲気のことだろうなと思う。
 おかげで鵜山はトイレに閉じ込められたり、女子の集団に囲まれたりすることは無くなった。かわりに、

「鈴木くんは気にしてないのね」

 ぽつりと鵜山がそう漏らしたのは、その年の蝉が死んで秋の涼しさが訪れたころである。
「……気になってはいる」
「そうなの?」
 いい加減慣れたグループ学習の二人きり。鵜山が首を傾げる。
 場所が図書館なだけに、僕らから距離を取ったクラスメイトはそれなりに楽しそうに談笑しながら作業していた。

「僕だけ仲間はずれにしたのはなんで?」

 ようやくその質問を口にできたなと鵜山を見る。
 彼女はペンを持ったまま、動きを止めていた。
 やがて、ゆっくりと肩から力を抜く。

「貴方は何も悪くないもの」

「見ているだけなのも罪だと思うけどね」
「貴方は傍観者でも加害者でもないわ。ただの被害者よ」
「一緒にするなよ。他には?」
「止めると思ったから」
「僕が?」

「天使なら、人に怪我をさせるような人は止めるでしょう?」

 今度は僕が動きを止める番だった。
 鵜山の言うことは間違っていないだろう。間違っていない。

 天使なら?

 僕ならどうした。
 正直、怪我人が鵜山だけと知った時、少しだけ顔を顰めた。
 クラス中で怖かったとか頭がおかしいんじゃないかと言うのを聞いた時、一瞬だけ掠めた言葉があった。

 祈りではない言葉。

「そりゃあね」
 僕は素知らぬ顔で嘘をついて、聞かないふりをしていた言葉と向き合い、目を伏せた。

 罪は許されるものだ。

 けど、僕はそんなこと納得しない。
 神は罰も与える。単に許される罪と罰が与えられる罪とでは、何が違う。その基準はなんだろう。

 鵜山のしたことは悪いことだろうか?

 人を怖がらせることは罪か?

 天使なら?

 パキンとシャーペンの芯が折れる音がして、僕は考えることを放棄した。
 天使なんて面倒だ。
 そもそも人間なんて大して好きじゃない。自分も自分以外も好きじゃない。

 鵜山は、少し怖い。

「鈴木くん?」
 名前を呼ばれて、意識を引き戻される。
 その目に見つめられながら、僕はシャーペンを握り締めた。

「――悪魔なら、どうすると思う?」

 人を怖がらせるのも怪我をさせるのも、彼らなら当然のことだ。
 罪や罰とかいう問題ではない。許す許されるではない。
 彼等はそういう存在だ。そうやって、生きている。
「悪魔なら? 煽るんじゃないかしら?」
 羨ましい。

「……悪魔だったらよかったのに」

 それなら何も悩まずに、放り投げた黒い感情全てをぶつけることができたのだろう。
 けれど、天使も悪魔もこの世にはいない。
 口にしても言い訳だ。
 僕がどれだけ天使ぶろうともそれは同じことだ。そしたら、いや、やっぱり無理だ。そんなことしたって、誰も見てやしない。
 それなら、いっそ。

「……滅んでしまえばいいのに」

「それは駄目よ」
「天使だからっていうなら、僕は堕ちたっていい」
 こんな世界に救いなんて必要ない。
 救われなければならない人間に限って、きっと他の人間に傷つけられているのだ。
 許してしまうということは、傷つけられた人間は傷ついただけで終わる。そんなことは納得がいかない。

「そんなこと言わないで」

「好き勝手言われて、好き勝手傷つけられて、それでも平気だって言うのかよ」
「平気よ」
 それは決められた台詞をなぞるかのように、感情が籠ってないような気がした。
 表情の変化が乏しい鵜山を前にした直感とはいえ、僕にはそれが嘘のように思えた。

「つらいのは平気なのよ」

「僕は好きじゃない」
 それはとてつもなく面倒な感情で、最悪、自分自身を殺してしまうほど憎たらしく思えるから、正確には大嫌いだった。
「私はいいの。その方がいいわ」
「理解できない」
「理解して欲しくないわ」
 それは拒絶だろうかと鵜山を見るが、彼女はどちらかというと安心したようにも見える。
 意図的に何かを閉じ込めたようにも見えるそれを探るのを諦めて、僕は視線を逸らす。

 本当、わけがわからない。

 そういう彼女は、やはり少しだけ怖いと思った。
 では、それでも一緒に居る理由はなんなのだろうと自らに問いかけた。
 そんなのわからないという答えに辿りついて、僕は息を吐く。
 それよりもずっと、どうして彼女が僕に関わるかの方が気になった。

「貴方がもし、全てを滅ぼしたいと願うのなら……」

 僕は鵜山を見る。その見定めるような視線をまともに受ける。

「私が全力でそれを阻止してみせるわ」

 嘘でも冗談でもないなと思った。彼女は至って本気だ。いつも以上に、それ以上に強い感情に肌がびりびりした。

 ああ、それなら、いいかな。
 止めてもらえるなら、僕は。

「どうして?」

 このどす黒さを吐き出してもいいかな。

「生き物が死んでしまうのは悲しいわ」
「僕が消えて欲しいのは人間だけだけど?」
「悲しいのは同じよ」

「なら、僕を殺してでも」

 その瞬間、鵜山の目に何かが浮かんだのを捉えるよりも先に、僕は頬に強い衝撃を受けた。パンと響いた音に一瞬だけ静寂が訪れる。

「その方法は絶対に使わないわ」

 断言する鵜山はすぐにわかるぐらい怒っていて、僕は笑い出しそうなのを堪えた。
 何がおかしいのか、これがどういう感情なのかはわからない。ただ、浮かれて歌いたくなるような気分だ。

 ああ、けど、痺れる頬が痛くて泣きそうだ。

 誰もが気になりながらも声をかけるのを躊躇して、鵜山は黙り込んだ僕に話は終わりとばかりにノートに視線を映した。
 僕も痛いとも謝れとも言わず、頬を押さえていた手を離す。
 そういえば、授業中だったと思いながら、目の前の課題に集中することにした。

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